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大原君にケガをさせてしまったのです。体当たりをした時、その日おろしたての新しい竹刀が横に割れ、それが面金を通して大原君のまぶたを直撃してしまったのです。目の上からは激しく血が出て、それを見て僕は目の前が真っ暗になりました。
先生も回りの者も、僕のせいじゃないと言ってくれましたが、ケガをさせてしまったのは事実です。大切な友達を大好きな剣道で傷つけてしまい、このまま剣道を続けられない。剣道をやめたい、と考えるようになりました。次の稽古の日、時間になっても道場に行く様子のない僕を見て、母は「やめるのは簡単なことだけど、今やめるということは、辛いことから逃げることになるのよ。それに大原君に対しても申し訳ないことよ。」といつになく厳しい口調で言い、その勢いに押され僕は稽古に行きました。
道場に入ると、大原君が一足先に来ており、稽古を見学していました。僕がもう一度謝ろうと側に行くと、大原君は「もうええから早く行って僕の分も稽古しろよ。」と言ってくれたのです。ぼくはその時胸が熱くなりました。そして落ち込んでいた気持ちがいっぺんに楽になり、「よしっ、大原君の分まで頑張ろう。」という気持ちになりました。
やがて大原君も稽古が出来るようになり、その夏、僕たちは、あこがれの日本武道館での全国大会に出場し、良い成績を納めることが出来ました。
六年生になって、僕にとって目標でもありライバルでもある新宮剣志館のM君との試合での思い出も素晴らしいものとなっています。
全国大会の個人戦の出場資格を賭けた県予選の二回戦目で僕はM君と対戦したのです。二人とも優勝して全国大会に出ることを目標にしており、大変苦しい試合でしたが、僕はM君から勝ちを取ることが出来たのです。しかし「M君に勝てた、これで行ける。」と思った僕は油断して次の試合で、あっさりと負けてしまったのです。この時僕はM君に申し訳ない気持ちと悔しさでいっぱいになり、通路で泣いていると、M君が側に来てくれ、僕が「ごめんな」と謝まると「しゃあない、しゃあない。」と言って慰めてくれました。
いつも最後には、フラフラの僕をぐっと抱きとめてくれる先生、ケガをさせた僕を気づかってくれた先輩、試合ではいつも敵になるのに慰めてくれたM君、こんな胸の熱くなるような経験が出来たのも、剣道を続けて来たからだと思います。
今も相変わらず稽古は厳しいけれど、先生や先輩達の胸を借りて、僕は力いっぱいぶつかっています。
剣道は僕に「丈夫な身体と耐える心」それ以上に「人に対する優しさ」を教えてくれました。
「剣道はスポーツではなく武道だ。」という言葉の意味が、僕は剣先を通して少しだけ見えて来たように思います。
これからも、まだまだ見続けていかなければならないことが数多くありますが、「竹刀と僕が一つになれるよう」毎日を大切に稽古に励んで行きたいと思います。

 

 

 

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